【2025種牡馬考察】海外持込馬の考察⑤ Pinatubo (ピナトゥボ)

はじめに
シルクホースクラブの2025年度募集馬ラインナップが発表され、会員の皆様、そして入会を検討されている方々はその一頭一頭の血統背景や馬体に熱い視線を注いでいることでしょう。キタサンブラックやコントレイルといった国内トップサイアーの産駒が紙面を賑わせる中、もし、まだ日本でその名が広く知られてはいないものの、世界レベルで見れば歴史的な名馬と評される種牡馬の血を引く、隠れた逸材が存在するとしたらどうでしょうか。
本稿でスポットライトを当てるのは、まさにそのような一頭です。その父の名はピナトゥボ(Pinatubo)。「過去25年で欧州最強の2歳馬」と称された、世代の怪物です。この記事では、この世界基準の種牡馬ピナトゥボとは何者なのか、そして彼の血を受け継ぐ募集馬Zylphaの24がどのような可能性を秘めているのかを、データに基づき徹底的に考察します。皆様の出資検討の一助となるべく、専門的かつ多角的な視点からその魅力に迫ります。
現役時代の成績と評価
完璧、そして圧巻。歴史を刻んだ2歳シーズン
ピナトゥボの競走能力を語る上で、その2歳シーズンはまさに伝説的です。デビューから無傷の6連勝を飾り、そのキャリアは勝利を重ねるごとに輝きを増していきました 。
初戦を快勝後、ロイヤルアスコット開催のチェシャムS(L)、グッドウッド開催のヴィンテージS(G2)と着実にステップアップ。そして迎えたアイルランドのカラ競馬場、G1ヴィンセントオブライエンナショナルSで、彼はその真価を世界に示します。このレースでピナトゥボは、後の強豪となるアリゾナやアーモリーといった有力馬を相手に、実に9馬身もの着差をつけて圧勝 。そのパフォーマンスは「圧巻」という言葉以外に見当たらず、管理したチャーリー・アップルビー調教師に「私が手掛けた中で最高の2歳馬」と言わしめるほどでした 。
さらに、2歳シーズンの締めくくりとして挑んだイギリスのG1デューハーストSでは、タフなレース展開をものともしない勝負根性を見せつけ、無敗の2歳王者としてその地位を不動のものとしました 。
「134」― 競馬界を震撼させたレーティングの意味
ピナトゥボの2歳時における傑出した能力は、客観的な数値によっても証明されています。英国の競馬評価機関であるタイムフォーム社は、ナショナルSの圧勝劇を受け、彼に「134p」という驚異的なレーティングを与えました 。
この「134」という数字がどれほど規格外であるかを理解するために、近代競馬の象徴ともいえる不世出の名馬フランケル(Frankel)と比較してみましょう。フランケルの2歳時における最高レーティングは「133p」でした 。つまりピナトゥボは、客観的な評価において、あのフランケルをも上回る2歳馬であったことを意味します。これは、彼が単なる世代チャンピオンではなく、歴史に名を刻むレベルの才能の持ち主であったことの何よりの証左です。タイムフォーム社の近代における2歳馬レーティングでは、1994年のセルティックスウィング(138)に次ぐ、史上2番目の高評価となっています 。
2歳王者から真のマイラーへ ― 3歳時のG1制覇
競馬界の厳しい現実は、2歳時にどれほど傑出した馬でも、3歳以降もその輝きを維持できるとは限らないことです。しかし、ピナトゥボはその懸念を払拭しました。
3歳シーズン、彼はマイル路線の最高峰レースで常に主役級の走りを見せます。英2000ギニー(G1、1600m)で3着、セントジェームズパレスS(G1、1600m)で2着、そして古馬との初対戦となったムーランドロンシャン賞(G1、1600m)でも2着と、世代を超えたトップレベルで互角以上に渡り合いました 。
そして、フランスのドーヴィル競馬場で行われたG1ジャンプラ賞(1400m)では、そのスピード能力を遺憾なく発揮し見事に勝利。3歳にして3つ目のG1タイトルを獲得し、自身の競走能力が本物であることを改めて証明しました 。この3歳時の戦績は、彼が産駒に伝える遺伝的資質が、日本の競馬ファンが最も好む「スピード」と「マイル適性」であることを明確に示しています。
種牡馬としての海外評価、代表産駒
トップブリーダーからの信頼の証 ― 破格の種付け料
競走馬としての輝かしい実績を引っ提げ、ピナトゥボは2021年にダーレーグループの拠点である英国ダルハムホールスタッドで種牡馬入りしました。その初年度種付け料は35,000ポンド(当時のレートで約525万円)に設定されました 。これは同年に種牡馬入りした馬の中で最高クラスの価格であり、世界有数の生産組織であるゴドルフィン/ダーレーが彼の種牡馬としての将来性にいかに絶大な信頼を寄せているかを示すものです。
また、彼は南半球のオーストラリアへもシャトル種牡馬として供用されており、そこでも44,000豪ドル(約480万円)という高額な種付け料が設定されています 。この事実は、彼の血統的価値が特定の地域に限定されるものではなく、世界中のホースマンが求めるグローバルなものであることを物語っています。
初年度産駒から見る確かな手応え
種牡馬としての真価は、産駒の活躍によって決まります。ピナトゥボの産駒は現在、欧州やオーストラリアの競馬場で走り始めており、その初期成績は非常に有望です。
まだ若い種牡馬であるためG1勝ち馬は誕生していませんが、リステッド競走を制したQilin Queenや、G2で2着に入ったWolf of Badenoch、G3で3着のCavallo Bayなど、すでに多くのステークスレベルの活躍馬を輩出しています 。これは、ピナトゥボが自身の持つ高い競走能力を、着実に産駒へと伝えている証拠と言えるでしょう。
セールリングが示す圧倒的な期待値
種牡馬としての期待値は、セリ市場での評価にも如実に表れます。ピナトゥボ産駒は、タタソールズやゴフスといった欧州の主要な1歳馬セールで、高額で取引されています。ゴフス・プレミア1歳馬セールでは産駒が180,000ポンド(約3,500万円)で落札され、タタソールズ・ディセンバー1歳馬セールでは200,000ギニー(約4,100万円)で最高価格を記録するなど、市場からの評価は絶大です 。
ここで特筆すべきは、180,000ポンドの牡馬を落札したのが、他ならぬゴドルフィンであったという事実です 。ピナトゥボを生産し、レースで走らせた張本人たちが、自らその産駒に多額の投資を行っている。これ以上に力強い「お墨付き」は存在しません。これは単なる市場の熱狂ではなく、ピナトゥボを最もよく知る人々による、計算された投資行動なのです。
日本での適性考察
父シャマーダルの遺産 ― 日本の高速馬場への適性
ピナトゥボの血統を語る上で、父シャマーダル(Shamardal)の存在は欠かせません。ストームキャット系の名種牡馬ジャイアンツコーズウェイの代表産駒であり、自身も欧州でG1を4勝したチャンピオンホースです 。
重要なのは、シャマーダルの血がすでに日本の競馬で成功を収めている点です。産駒からは2019年の京阪杯(G3)を制したライトオンキューや、オープンクラスで堅実な走りを見せたトリプルエースといった活躍馬が出ています 。さらに、母の父としてもその影響力は大きく、2023年のフローラS(G2)を勝った
ゴールデンハインドは母父がシャマーダルです 。これらの事実は、シャマーダル系の血統が日本の高速ターフで要求されるスピードとクラスを兼ね備えていることを明確に示しています。
母父ダラカニの血がもたらす「格」と「大舞台での強さ」
ピナトゥボの母の父はダラカニ(Dalakhani)。2003年の凱旋門賞(G1)を制し、同年の欧州年度代表馬に輝いた歴史的名馬です 。
凱旋門賞馬と聞くと、日本のスピード競馬には合わないスタミナ過多のイメージを抱くかもしれません。しかし、ダラカニの真価は、母の父として発揮される「格」と「底力」にあります。彼は母父として、スピードタイプの種牡馬と配合された際に、その産駒に大舞台で勝ち切るための純粋なクラスと健全性を与える傾向があります。ピナトゥボ自身が「シャマーダルのスピード×ダラカニのクラス」という配合の最高傑作であり、ゴドルフィンが送り出したG1フューチュリティトロフィーの勝ち馬エンシェントウィズダム(父ドバウィ)も母父がダラカニです 。ダラカニの血は、産駒のポテンシャルをG1レベルへと昇華させる、極上のスパイスなのです。
配合の結論:日本の近代マイル戦を制する「爆発的な瞬発力」
これまでの分析を統合すると、ピナトゥボの血統構成は「日本の近代マイル戦を制するための方程式」を体現していると言えます。シャマーダルから受け継いだ圧倒的なスピードと、ダラカニから受け継いだG1級のクラス。この配合は、爆発的な瞬発力、すなわち「決め手」を生み出すための理想的なレシピです。
この血統的背景は、日本のトップマイラーの成功パターンとも重なります。例えば、現役最強マイラーの一頭であるソウルラッシュは、キングマンボ系の父ルーラーシップに、サンデーサイレンス系の母父マンハッタンカフェという配合です 。力強いスピードを伝える父系に、日本の馬場に適したクラスとスタミナを伝える母系を組み合わせるという点で、その配合思想はピナトゥボと非常に似ています。ピナトゥボ自身がナショナルSで見せた破壊的な末脚は、まさにこの血統哲学が結実したものであり、東京や京都の長い直線でこそ、その真価が発揮されることを予感させます。
今年の募集馬
Zylphaの24
- 募集番号: 43
- 性別: メス
- 総額: 3,500万円
- 一口価格: 70,000円(500口)
- 予定厩舎: 嘉藤貴行
Zylphaの24の募集総額は3,500万円です。この価格をどう評価すべきでしょうか。先に述べた通り、ピナトゥボ産駒は欧州のセリで3,500万円から4,000万円超で取引されるのが現在の市場評価です 。つまり、この募集価格は、国際市場の相場と同等か、むしろ割安とさえ言える非常に魅力的な設定です。通常、輸入された血統にはプレミアムが上乗せされることを考えると、これは世界基準の血を「国内価格」で手に入れるまたとない好機と言えるでしょう。
預託予定の嘉藤貴行厩舎は、若く意欲的な新進気鋭のトレーナーであり、預託馬一頭一頭に丁寧な仕事が期待できます。また、本馬は牝馬であるため、競走生活を終えた後には、歴史的チャンピオンの血を後世に伝える繁殖牝馬としての大きな価値も秘めています。
もちろん、最終的な出資判断は、馬体や歩様の確認、母馬の実績なども含めて総合的に行うべきですが、血統的背景と価格設定の観点からは、これ以上ないほどの魅力と可能性を秘めた一頭であることは間違いありません。
まとめ
Zylphaの24への出資検討にあたり、本稿で提示した論点を改めて要約します。
- 歴史的な父を持つ: 父ピナトゥボは、フランケルをも凌ぐレーティングを獲得した、世代に一頭の天才2歳馬でした。
- 日本競馬への適性: 父系(シャマーダル)は既に日本で成功実績があり、母父(ダラカニ)がもたらすクラスとの配合は、日本の高速マイラーを生み出す理想的な組み合わせです。
- 賢明な投資対象: 世界市場と比較して非常にリーズナブルな価格で提供されており、将来の繁殖牝馬としての価値も非常に高い一頭です。
Zylphaの24への出資は、単なる馬主ライフの始まりに留まりません。それは、世界を驚かせた才能が日本のターフで新たな歴史を創る、その物語の当事者になるチャンスでもあります。未知なる可能性に満ちたこの一頭に、ぜひ真剣なご検討をいただければ幸いです。