【2025種牡馬考察】海外持込馬の考察⑥ Mehmas (メーマス)

はじめに
シルクホースクラブ会員の皆様、2025年度の募集馬ラインナップが発表され、今年もまた胸躍る季節がやってまいりました。数々の良血馬が並ぶ中、一頭、異色の輝きを放つアイルランド生産馬がリストに名を連ねています。その名は「Clearwingの24」。父は、今ヨーロッパの生産界で最も熱い視線を浴びる種牡馬、Mehmas(メーマス)です 。
Mehmasは、初年度産駒からG1馬を輩出し、2歳リーディングサイアーの記録を次々と塗り替えてきた、まさに「現象」と呼ぶにふさわしい種牡馬です 。その圧倒的なスピードと早熟性を武器に、ヨーロッパの競馬シーンを席巻してきました。今回、シルクホースクラブのラインナップに加わった彼の産駒は、日本のクラブ会員にとって、この世界最先端のスピード遺伝子に投資するまたとない機会を意味します。
しかし、海外からの導入種牡馬には期待とともに未知数な部分もつきものです。果たしてMehmasとはどのような馬だったのか?その成功の背景には何があるのか?産駒はどのような傾向を持ち、日本の競馬に適応できるのか?そして何より、「Clearwingの24」への出資は、賢明な判断と言えるのでしょうか?
本稿では、血統アナリストの視点からMehmasという種牡馬を多角的に、そして徹底的に深掘りします。彼の現役時代から種牡馬としての成功、産駒の特性、そして「Clearwingの24」の血統的背景までを解き明かし、皆様の出資判断の一助となる、詳細かつ実践的な考察をお届けします。
現役時代の成績と評価
日本の競馬ファンにとって、Mehmasの現役時代は馴染みが薄いかもしれません。しかし、彼の種牡馬としての成功の根源を理解するためには、その競走馬としてのキャリアを詳しく知ることが不可欠です。彼の戦績は、単なるG2勝ち馬という言葉では片付けられない、驚異的なタフネスと世代トップクラスの実力の証明でした。
鉄の意志で駆け抜けた2歳シーズン
Mehmasの競走生活は、2016年の2歳シーズンのみ、わずか5ヶ月間という非常に凝縮されたものでした。5月5日のデビューから9月24日の引退レースまで、実に8戦を消化 。この過酷なローテーションを戦い抜き、一度も掲示板(3着以内)を外さなかったという事実こそ、彼の非凡な精神力と頑健さの証左です。
管理したリチャード・ハノン調教師は、彼を「プロフェッショナル」「大きな心臓を持っている」「非常にタフ」と最大級の賛辞で称えました 。レースを重ねるごとにパフォーマンスを上げ、常に全力を出し切るその姿は、まさに陣営の信頼に応える優等生でした。彼のキャリアは、一戦一戦が彼の価値を証明していく過程そのものだったのです。
彼のクラスを定義した勝利
Mehmasの名をヨーロッパ中に轟かせたのは、2つのG2レースでの圧巻のパフォーマンスでした。
G2 ジュライステークス(ニューマーケット) 7月、英国競馬の聖地ニューマーケットで開催されるこの伝統の一戦を勝利し、彼は一躍トップジュベナイル(2歳馬)の仲間入りを果たします 。この勝利は、彼が単なる早熟馬ではなく、本物のスピードと競走馬としての完成度を兼ね備えていることを示しました。
G2 リッチモンドステークス(グッドウッド) このレースこそ、Mehmasの競走能力を語る上で最も重要な一戦です。ここで彼は、後にヨーロッパのスプリント路線を席巻し、G1を5勝する世界的名スプリンター、Blue Pointを打ち破って勝利したのです 。G1級の能力を持つ馬を直接対決で下したというこの事実は、Mehmas自身がG1を勝つにふさわしい実力を持っていたことの何よりの証明と言えるでしょう。
黄金世代との激闘が証明した真価
Mehmasの戦績を見ると、G1勝利のタイトルがないことに気づくかもしれません。しかし、その「敗戦」の内容を精査すると、彼の真の価値が見えてきます。彼が戦った相手は、歴史に名を残す名馬ばかりでした。
- G1 ナショナルステークス(2着):アイルランドで行われたこのG1で彼を負かしたのは、後に英・愛2000ギニーを連覇するマイル王、Churchillでした 。
- G2 コヴェントリーステークス(2着):ロイヤルアスコット開催のこの大一番で彼の前に立ちはだかったのは、デビューから無敗を誇った天才スプリンター、Caravaggioでした 。
彼のG1での2着、3着は、並の馬が相手ではありません。世代最強クラス、歴史的名馬と評される馬たちと互角に渡り合った結果なのです。これは「G1を勝てなかった」のではなく、「G1級の能力を持ちながら、不運にも歴史的な名馬たちと同じ世代に生まれてしまった」と評価するのが正しい見方です。この激闘の経験こそが、彼の価値を何倍にも高めているのです。
種牡馬としての未来を見据えた引退
8戦4勝2着3回3着1回という輝かしい成績を残し、Mehmasは2歳シーズンの終わりに引退を発表しました。これは、彼の馬主であるアル・シャカブ・レーシングと、アイルランドの名門タリーホースタッドによる、彼の種牡馬としての価値を最大化するための戦略的な決断でした 。彼の持つ早熟性、スピード、そしてタフネスは、競走馬として以上に、種牡馬として計り知れないポテンシャルを秘めていると、生産界のトッププレーヤーたちが判断したのです。Timeform誌が与えた115という高いレーティングも、彼の能力を客観的に裏付けています 。この早期引退は、彼の競走能力に対する最高の評価だったと言えるでしょう。
種牡馬としての海外評価、代表産駒
Mehmasの種牡馬としての成功は、決して偶然の産物ではありません。それは、計算され尽くした血統背景、生産界の目利きによる確かな評価、そして市場の需要が見事に合致した結果でした。
血統の力:「Acclamation × Machiavellian」の黄金配合
Mehmasの成功の根幹には、その卓越した血統構成があります。 父は、ヨーロッパで数多くの高速スプリンターを送り出してきた名種牡馬Acclamation 。そして母の父が、ミスタープロスペクター系の発展に大きく貢献した
Machiavellianです 。
この「Acclamation × Machiavellian」という配合は、競馬界では「黄金配合(ゴールデンクロス)」として知られています。なぜなら、この組み合わせから、Mehmas以前にもう一頭、歴史的な成功を収めた種牡馬が誕生しているからです。その名はDark Angel。彼もまた、Mehmasと同じく2歳で引退し、種牡馬として大成功を収めた名馬です 。
つまり、Mehmasの登場は、突然変異的な成功ではなく、すでに成功が約束された「再現性の高い血統的青写真」に基づいていたのです。生産者たちは、彼の中にDark Angelの再来を見出し、その成功の軌跡を辿るであろうと確信していました。この血統的背景が、彼の種牡馬キャリアに強力な追い風となったことは間違いありません。
タリーホースタッドという「お墨付き」
Mehmasが繋養されているのは、アイルランドの**タリーホースタッド(Tally-Ho Stud)**です 。この牧場の名前は、日本の競馬ファンにはあまり馴染みがないかもしれませんが、ヨーロッパの生産界においては特別な意味を持ちます。
タリーホースタッドは、商業的な成功を収めるタフでスピーディーな競走馬を生産することにかけて、世界最高の目利きとノウハウを持つ牧場として知られています。その彼らが、世界的な馬主組織であるアル・シャカブ・レーシングからMehmasの権利の半分を買い取り、共同で種牡馬として所有するという決断を下したのです 。
これは、単なる種牡馬導入ではありません。生産界で最も抜け目のないプロフェッショナルたちが、まだ一頭も産駒を送り出していないMehmasの馬体、競走能力、そして血統に自分たちの資金を投じて「買い」と判断したことを意味します。これほど強力な「お墨付き」は他にありません。出資を検討する我々にとって、この事実は非常に心強い判断材料となります。
市場の熱狂的な反応
こうした背景から、Mehmasはスタッドイン初年度から生産者たちの絶大な支持を集めました。初年度の2017年には、176頭もの繁殖牝馬に種付けを行うという、新人種牡馬としては異例の人気ぶりを見せました 。これは、彼の競走成績、馬体、そして血統背景に対する生産界の大きな期待の表れであり、その後の大成功を予感させる船出となりました。
種付料と頭数
種牡馬の価値を最も雄弁に物語る指標、それが種付け料の推移です。Mehmasの種付け料が辿った軌跡は、まさに彼の価値が市場でどのように評価され、高まっていったかの物語そのものです。
価値が爆発的に上昇
Mehmasの種付け料の変動は、大きく3つのフェーズに分けられます。
- 2017年~2020年:初年度は12,500ユーロでスタートし、その後、市場でのアピールを維持するために10,000ユーロ、そして7,500ユーロへと戦略的に価格が引き下げられました 。この価格設定により、彼は数多くの繁殖牝馬を集めることに成功し、その中からスターホースが誕生する確率を最大化しました。この時期の産駒に投資した生産者や馬主は、後に莫大なリターンを得ることになります 。
- 2021年~2023年:2020年に初年度産駒がデビューすると、2歳リーディングサイアーの記録を塗り替える歴史的な活躍を見せます 。その結果、彼の種付け料は25,000ユーロへと3倍以上に高騰 。翌年にはG1馬も誕生し、さらに倍の50,000ユーロへ 。そして2023年には、キャリアハイとなる60,000ユーロに達しました 。レースでの結果が、即座に市場価値に反映されるダイナミックな展開です。
- 2024年~2025年:2024年には一度50,000ユーロに調整されたものの 、その年の産駒が再びG1戦線で大活躍したことを受け、2025年には自己最高を更新する 70,000ユーロへと再上昇 。これにより、彼はヨーロッパでもトップクラスに高額なエリート種牡馬の仲間入りを果たしました。
表で見るスーパーサイアーへの道
以下の表は、Mehmasの年度ごとの種付け料と種付け頭数の推移をまとめたものです。この表を見れば、彼の価値がどのように上昇してきたか、そして生産者の期待がどの年に最も高かったかが一目瞭然です。特に、今回募集される**「Clearwingの24」が生まれた2022年の種付け料が50,000ユーロであった**という点は、非常に重要なポイントです。
年 | 種付け料 (ユーロ) | 種付け頭数 (北半球) | 主な出来事と産駒の世代 |
2017 | €12,500 | 176 | デビューシーズン。 生産者から力強い支持を得る 。 |
2018 | €10,000 | 166 | 商業的魅力を維持するため料金を調整 。 |
2019 | €10,000 | 約85 | 産駒デビューを前にした典型的な3年目の小休止 。 |
2020 | €7,500 | 118 | 最安値。 この年の産駒が大活躍し、記録を更新するセンセーションを巻き起こす 。 |
2021 | €25,000 | 296 | 初年度産駒の成功で需要が爆発し、料金が3倍以上に。非常に多くの牝馬を集める 。 |
2022 | €50,000 | 242 | 料金がさらに倍増。 G1馬も登場。「Clearwingの24」はこの世代の産駒 。 |
2023 | €60,000 | 244 | 新たなキャリアハイを記録。エリート種牡馬としての地位を固める 。 |
2024 | €50,000 | 未定 | 料金は調整されるも、依然としてエリートレベルを維持 。 |
2025 | €70,000 | 未定 | 再び驚異的なシーズンを送り、ヨーロッパ最高峰の種牡馬として新たな高みに到達 。 |
産駒の傾向と評価
ポテンシャルから、証明へ。このセクションでは、Mehmas産駒がどのような競走馬なのか、その具体的な特徴と成功例を分析します。
Mehmas産駒の設計図:スピード、タフネス、そして勝負根性
Mehmas産駒の最大の特徴は、父から受け継いだ早熟性、スピード、そしてタフネスです。その多くが2歳戦から頭角を現し、主に芝の1000mから1400mの短距離で圧倒的な強さを見せます 。彼はヨーロッパにおける2歳勝ち馬数の記録を更新し続ける、まさに「2歳戦のスペシャリスト」です 。
しかし、彼の産駒は単なる短距離早熟タイプに留まりません。後述する代表産駒のように、3歳以降も成長を続けてG1を制したり、マイル以上の距離をこなしたり、さらにはダートで活躍する馬まで出現しており、その適性の幅広さも証明しています 。
Supremacy – 典型的な成功モデル
- プロフィール:父Mehmasの競走生活を忠実に再現したかのような、輝かしい2歳シーズンを送った優駿 。父と同じくG2リッチモンドステークスを制すと、さらにその上を行き、2歳スプリント路線の最高峰である G1ミドルパークステークスを制覇しました 。
- 分析:Supremacyは、Mehmas産駒への投資における「理想的な成功例」を体現しています。彼は、G1級の2歳スプリンターという、この血統の最も得意とする領域で頂点に立ちました。ミドルパークステークスで見せた、先手を取ってそのまま押し切る粘り強いレースぶりは、Mehmas産駒特有のスピードと勝負根性を完璧に示しています 。その実績が評価され、彼自身も種牡馬入りを果たしており、血の継承者としての価値を証明しました 。
Going Global – 適性の幅広さを証明
- プロフィール:アイルランドではまずまずの成績でしたが、アメリカに移籍してからその才能が完全に開花した牝馬です 。カリフォルニアの地で重賞を次々と制覇し、最終的には3歳牝馬の主要G1である デルマーオークス(芝約1800m)を勝利しました 。
- 分析:Going Globalの存在は、Mehmas産駒の可能性を語る上で非常に重要です。彼女のキャリアは、以下の3つの重要な事実を教えてくれます。
- 産駒は2歳以降も成長し、本格化する可能性があること。
- スプリントだけでなく、マイル以上の距離にも対応できるスタミナを持つ馬もいること。
- ヨーロッパだけでなく、アメリカのような異なる競馬環境にも適応し、成功できること。 これは、Mehmas産駒への投資が、単なる「2歳戦での一発」を狙うだけではない、多様な成功への道筋を持っていることを示す好例です。
今年の募集馬
Clearwing (クリアウィング)の24
- 募集番号: 82
- 性別: 牡
- 総額: 3,500万円
- 一口価格: 70,000円(500口)
- 予定厩舎: 田中克典
父:Mehmas:世界トップクラスのスピードと早熟性の遺伝子を持つ、実績十分の種牡馬。
母:Clearwing (IRE):父Anjaalの8歳牝馬 。競走実績は不明で、繁殖牝馬としての産駒もまだ2頭と少なく、1頭が1戦して入着、もう1頭は1戦して着外と、実績はまだ乏しい状況です 。この点が、この馬への出資における最大のリスク要因となります。
母の父:Anjaal:興味深いことに、このAnjaalもまた、Mehmasと同じくG2ジュライステークスを制した早熟のG2ウィナーです 。父はスプリンターを多く出すBahamian Bountyであり、スピードの血をさらに強調しています。
この血統構成を俯瞰すると、明確な意図が見えてきます。これは、スタミナを求める配合ではなく、早熟性とスピードを極限まで濃縮した配合です。父Mehmas(父Acclamation)が持つスピード。母の父Anjaal(父Bahamian Bounty)が持つスピード。そして母方の祖母の父Statoblestもまたスプリント色の強い血統です 。これは偶然の産物ではなく、明確な狙いを持った「意図的な配合」と言えます。したがって、この馬への投資は、彼が父や母の父のように、早い時期からスピードを武器に活躍するスプリンター、あるいはマイラーになるという、非常に明確な仮説に基づいたものになります。
まとめ
これまでの分析を総合し、シルクホースクラブ会員の皆様が「Clearwingの24」への出資を判断するための具体的なヒントと、最終的な結論を提示します。
Mehmas産駒はどんな出資者に向くか?
Mehmas産駒への出資は、早い時期からの活躍と、ハイスピードなレース展開に胸を躍らせるタイプの出資者に最も適しています。愛馬が2歳の早い時期にデビューし、スプリントやマイル路線の主要レースで活躍する姿を夢見る方にとっては、これ以上ないほど魅力的な選択肢となるでしょう。
一方で、日本ダービーや菊花賞といったクラシックディスタンスでの勝利を第一に望む方には、主戦場が異なる可能性があります。ただし、Going Globalの例が示すように、マイラーとしての成功や、予想以上の成長を見せる可能性も秘めています。
ハイリスク・ハイリターンな「種牡馬への賭け」
「Clearwingの24」への出資は、典型的な**「サイアーベット(種牡馬への賭け)」**と位置づけられます。その期待とリスクを明確に整理しましょう。
期待できる点(アップサイド)
- 世界トップクラスの種牡馬力:出資者は、一貫して高品質で、速く、タフな競走馬を送り出す世界的な種牡馬の産駒を所有することになります 。その成功確率は、他の多くの種牡馬と比較して統計的に非常に高いと言えます。
- 最高品質の世代:「Clearwingの24」が生まれたのは、Mehmasの種付け料が50,000ユーロに達した2022年です 。これは、彼がキャリアで最も質の高い繁殖牝馬を集めていた時期にあたります。したがって、母Clearwingの繁殖実績はまだ乏しいものの、高額な種付け料を支払って配合されたからには、彼女自身も生産者から高い評価を受けていた質の高い牝馬である可能性が高いと考えられます。これは、母方のリスクを軽減する重要な要素です。
- 統計的な優位性:Mehmas産駒の勝ち上がり率は驚異的です 。統計的に見れば、競走馬としてターフに立つだけでなく、勝利を挙げる可能性が非常に高い血統です。
リスクとなる点(不確定要素)
- 未知数の母:この投資におけるリスクは、ほぼ一点に集約されます。それは、母Clearwingの実績が未知数であることです 。この出資は、父Mehmasの強力な遺伝力が、母の実績を凌駕し、これまでの産駒とは一線を画す傑出した馬を生み出すという仮説に賭けることに他なりません。
最終的な結論と展望
「Clearwingの24」への出資は、世界最高峰のスピード遺伝子に賭ける、明確な意図を持った投資です。母方の実績という明確なリスクは存在するものの、それは父の圧倒的な種牡馬能力と、本馬が最高品質の世代に属するという事実によって、大きく相殺されています。血統は、スピードを幾重にも重ねた、爆発力を予感させる配合です。
推奨:この馬は、種牡馬の能力を重視する投資のリスクとリターンを理解している、経験豊富なクラブ会員の方に特におすすめします。世界クラスの種牡馬が最も得意とすること(=速い馬を出すこと)に賭ける覚悟があり、早い時期からスプリント戦線での活躍を期待するならば、「Clearwingの24」は非常に魅力的で、投資の輪郭がはっきりとした一頭です。父の圧倒的な強みが母の未知数な部分と交差する、まさに血統のロマンとスリルが詰まった、興味深い投資機会と言えるでしょう。幸いです。